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泣きたいのは・・・

見覚えがあった

寒い日の平日

一人の女性が入って来た

恋愛の期間を尋ねた方だ

「チャイナ・ブルーを下さい」

ディタをグレープフルーツで割りブルーキュラソーで色付ける
トニックは入れない

「この間の話 覚えてますか・・・」

『はい 恋愛の話でした』

彼女には数年お付き合いしている彼氏がいた

だが慣れだろうか 新鮮さがなくなりドキドキすることもなくなっていたと言う

そんな時に安定して将来性のある有望株の方と知り合い
彼氏と別れて即結婚したという

結婚はスピードが大事 ズルズル付き合っていたら嫌なところしか見えなくなる

それが彼女の持論だった

「実はこの間 元カレの結婚式だったんです・・・」

「お嫁さん・・・凄く幸せそうだった・・・」

「なんで私、彼と結婚しなかったんだろう・・・」

「お金なくて貧乏だったけど楽しかったなぁ・・・あの頃」

「今は逆・・・お金はあるんだけどねぇ・・・」

「ねぇ マスター 泣きたくなっちゃた レオンの曲 ある?」

リクエスト曲は
”シェイプ・オブ・マイ・ハート” スティング
”Shape of My Heart” Sting

彼女の瞳が潤んでいた

その時だった 大学生だろうか
総勢8人の若者たちが来店した

店にはカウンター席の端にグラスの氷を回している女性が一人

ラガーマンのような体格をした彼らは一瞬戸惑ったようだ

「いいですか・・・?」

「いらっしゃいませ こちらへどうぞ」

ソファー席に案内する

「あ、あの・・・本当にいいんですか?」 チラッと彼女の方に目をやる
長い髪でうつむいている表情は分からない

どうやら何か勘違いしているようだ

『全然大丈夫ですよ』

カウンターに戻った時だった

彼女が両手で顔を抑えて大声で泣き出したのだ

8人が一斉に立ち上がる

1人が
「失礼しました」

すると残り全員が
「失礼しました」

深々と頭を下げそう言うと急いで皆出ていってしまった・・・

呆気にとられていると思いっ切り泣いてスッキリしたのか彼女が一言

「マスター ご馳走様 お会計」

『・・・ありがとうございました・・・』

この日の売り上げは1杯だけだった・・・

こんな日もある

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